2015年、私はひとり暮らしに終止符を打ちました。同棲を始めたとき、少し寂しい気持ちがあったことを覚えています。好きな時間に起き、好きなものを食べ、部屋が散らかっていても気にしない——そんな「自由」を手放すような気がして。
でも実際は違いました。私が「自由」と思っていたのは、「何も考えていない状態」だったのです。
ひとり暮らし時代のリアル
振り返れば、2014年の私の生活はこんな状態でした。洗濯物は週末まで溜め込み、まとめてコインランドリーの乾燥機へ。台所には洗い物が山積み。帰宅したら風呂も入らず床で寝落ち。財布はレシートとポイントカードでパンパン。「面倒くさいことは後でいい」という考え方が、すべての行動の根底にありました。お金も、生活も、ぜんぶ。
共同生活が「意識」を変えた
同棲を始めてしばらくは、「パートナーへの気遣い」が行動を変えていただけかもしれません。でもそれでいい。きっかけはなんであれ、行動が変われば意識が変わります。
洗い物を溜めなくなった。洗濯を自分の仕事として担うようになった。部屋に物が落ちていると気になって拾うようになった。そしてあるとき気づきました。「整っている状態のほうが、ずっと気持ちいい」と。面倒くさいと思っていたことが、いつのまにか「心地よいルーティン」になっていました。
家計簿が「お金の管理」から「生活の見直し」に変わった
2014年から始めた家計簿は、2015年を境に意味合いが変わりました。以前はただ数字を入力するだけでしたが、この年から「支出の流れ」が見えるようになってきました。銀行残高、財布、カード──すべてを1円単位で把握できるようになり、日々のお金の動きがくっきりと見えるようになった。
そうすると、「なんとなく毎日寄っていたコンビニ」「惰性で買い続けていた缶コーヒー」「放置していた保険やサブスク」……そういった「無意識の出費」がはっきりと浮かび上がってきます。家計簿は「お金を管理するツール」から、「生活を見直す鏡」になっていきました。
まとめ:「整える」は、伝染する
2015年は、劇的に変わった年ではありません。でも、少しずつ、自分の暮らしに関心を向け始めた年でした。誰かと暮らすことで、ひとりでは気づかなかったことが見えてくる。生活を整えることの気持ちよさを、この年に初めて知りました。次回は、2016年。第一子が生まれ、家計が「守るべきもの」に変わった年です。


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